深き海より蒼き樹々のつぶやき

Sochan Blog---深海蒼樹

60歳にして悶絶する自分に笑った

 来月には満を持して60歳になる。うん? 満を持してるんだろうか? なんの準備も心づもりもないまま、ただただ60年間死ななかったことの結果として60歳を迎えるってだけのことだ。でも仕方がない。今までだってそうやって年齢を重ねてきたんだし、来月の60歳だって大きな節目ではあるけれど、これまで同様にまたひとつ年を重ねるだけのことだ。

 先日の話。年齢とともにめっきり早起きになったぼくは、4時半に朝ごはんを食べた。この調子でいけば10年後はまだしも、20年後には夕方6時に朝ごはんを食べている気がしないでもないけど、そんなに長生きはしないだろうから心配には及ばない。
 朝ご飯を食べ終えて、パジャマがわりのスウェットをどこに出かけても恥ずかしくないような格好に着替えた。もちろん、そんな朝早くに出かける用事などありはしないけど。
 さて、と、ぼくは小さな気合いを入れ、机の上に置かれた愛用の方眼用紙に文字を書きつらねはじめる。頭のなかにある情景を、ここ1ヶ月ほど温めてきた言葉たちを、うまく外に出してやらねばならない。
 方眼用紙のマス目が埋まっていく。けれど、書かれた文章とぼくとの間にあるのは正しい距離感ではなく、明らかに乖離だ。文字を書くぼくの手は止まらない。止まらないけれど、ぼくのなかで気持ち悪さと違和感が膨らんでいく。
 20行ほどの文章の塊を書き連ねたあと、ぼくは0.5ミリシャープペンシルを方眼用紙の上に少し乱暴に投げ出した。それだけでは気がすまなくて、ぼくは頭を両手で抱えて悶絶した。自分への失望と自分のなかにあるものをうまく言葉にできない苛立ちで、後世に標本として残すべきではないかと思えるほど見事に悶絶し、ひとり身悶えた。

 22歳、彼女との別れ話の時、未練たらしく泣きすがるぼくに彼女は言い放った。まるで最後通告のように。
 「将来のことを考えたの。もしあなたとわたしがこれからもずっと一緒にいたとして。仕事が終わってわたしがアパートの階段を上がっていく」
 (なんでアパートなんだ?)
 「で、ドアを開けるとね、原稿用紙を前に頭を抱えてるあなたがいる」
 キミの言う通り、あれから40年近い年月を経て、ぼくはやっぱり悶絶している。キミの描いた未来予想図に間違いはなかった。ということはあの別れも正解だったということなんだろうな。くやしいけれど。

 そんな思い出したくない古傷を思い出すくらい、見事な悶絶ぶりだった。60歳を目前にしてこんなにも立派なというか、見事な悶絶ぶりを発揮できるとは。本気でくやしかったんだ。うまく書けないことが。
 ぼくはまだ自分に期待してるのかな。