深き海より蒼き樹々のつぶやき

Sochan Blog---深海蒼樹

自分を見返してやれ

 ここのところ一人暮らしがイヤだという若者の事案につづけて遭遇した。
 ひとりは都会での就職が決まっていたのにそこでの一人暮らしがイヤで親元に残ってバイト生活を送っているという。もうひとりは、入社日にやってきたものの翌日から出勤してこなくなった。聞くと、一人暮らしがストレスで仕事どころではなくなったという。二人とも二十歳前後の若者だ。決して一人暮らしを始めるのに早すぎるわけでも遅すぎるわけでもなく、世間一般的には一番いい潮時であるはずだ。もちろん、一人暮らしに不安はあるだろう。けれど、不安以上に親元を離れて暮らせることに自由を感じないわけがない。不安よりもわずかではあってもいろんな期待が上回る。そんなものではないんだろうか?

 一旦は入社辞退ということで落ち着いたはずの話が、もう一度だけチャンスをもらいたいと本人から連絡があった。入社までのあれこれを世話してきた総務の担当者が、「どうしますか?」と聞いてくる。直前になっての入社辞退や超早期退職(要は数日の研修のうちに辞めていく)なんてことは、よくあっては困るけれどよくある話だ。そのことを僕も彼もよく知っているし、そんなことでいちいち憤慨していても仕方ない。縁がなかったものと諦めるか、うちに彼ら彼女らを留まらせる魅力がなかったのならその点を反省するしかない。
 「で、どうしますか?」
 と、ひとしきり愚痴を聞いてもらってスッキリ顔になった担当者が、再度僕に問う。
 「いいですよ、決めてもらって」
 と、さらに僕に一任することを念押ししてくる。
 僕は彼の目を見る。彼がすっかりと仕事モードに戻っていることを確認して言った。
 「もう一度、きてもらおう。もう一度準備をしてほしい。研修のプログラムも」
 「わかりました」
 と言って自分の席に戻りかけた彼が回れ右をして再び僕のところにやってくる。
 「どうした?」
 「いや、こうなるだろうなとは思ってたんですけど、どうしてですか?」
 「こうなると思ってたんなら聞くまでもないんじゃないのか?」
 「僕は準備はしますけど、実際に彼の面倒を見ていくのは課長の班だし、最終的に課長の責任になるかもしれないというか、なりますよ」
 「悪い結果になった時にはな」
 一応申し訳なさそうに彼が笑った。いい結果が出るのは当たり前で、よくない結果の責任だけはとらされる。これもたぶんよくある話だ。
 「その彼もいつかは乗り越えないといけないんだろ?いつまでも一人暮らしができないよりできた方がいいし、ストレスとかプレッシャーのない暮らしで生きていけるならいいけど、そういうのの耐性がないとこれからの人生だって厳しい。今のままじゃマズイって思ったからもう一度チャンスがほしいって言ってきたんだろ?」
 「まぁ、そうでしょうね。少なくともそうであってほしいですね」
 「だったら、それでいいんじゃないか。結果はどうであれ、ここで門前払いするんじゃなくて、まずはそう言ってきたのならそのことに答えてやれば。キミの仕事を増やして悪いけど」
 イヤミでないことがわかるように、営業用ではない笑顔を付け加えた。
 「わかりました」
 そう言うと、今度こそ自分の席に戻っていった。

 若者や新人についてあれこれ言える立場にはなった。その理由の主たるものは彼ら彼女らよりも長く生きてきたということだけだ。だけど、これだけ長く生きてきても物事はうまくいくよりもうまくいかない方が多い。うまくいかないことへの言い訳も年々うまくなっていくし、言い訳のストックの充実ぶりも大したもんだ。誰だって心は弱い。やたらと丈夫な鎧が必要な人もいれば、ツラの厚さだけでひょいひょいと人生を渡っていく人もいる。自分がどんな人間なのかはこれから見極めればいい。時間はある。