待たせていることを申し訳なく感じながらも、ドアを開ける前に、僕は覗き窓から外の様子をうかがってみた。しかし、なにも見えなかった。
僕がドアを開けないので、訪問者はもう立ち去ったってことなんだろうか。それとも、外の闇が深すぎて、見えないだけなんだろうか。
外の闇が、深い? って、ところで、今は、何時なんだろう?
と、一瞬考えたけれど、一瞬後にはそんなことは、忘れていた。
内側のロックをはずし、僕はドアを外側に開いた。
やはり、誰も、いない。
僕は、がっかりと肩を落として去っていく誰かの後ろ姿を探すように、遠くを見た。そして、あまりに遠くを見ようとして体のバランスを崩して、ドアのノブを握ったまま、外へ一歩よろめくように踏み出した。
その踏み出した足元に、誰かがいた。
足元に?
「誰だい?」
僕は、心の中で呟いた。つもりだけど、ひょっとしたら、声に出してそう言ったかもしれない。
返事は、なかった。
うずくまっているその誰かに向かって、僕は、今度ははっきりとこう尋ねた。
「何か、ご用ですか?」
暗闇の中で、誰かが、意識的にこっちを見上げたような気がして、僕は、その誰かをじっと見つめた。
1,2,3………10
10秒後、僕はそれが羊であることを確信した。
えっ? 羊?
僕は、まだ夢の中にいるのだろうか。
それとも、いつも以上に疲れ果てていた僕は、台所のテーブルに突っ伏してうたた寝を始めてしまう前に、どこかへ電話をしたんだろうか。
たとえば、動物専門のデリバリーヘルスとか…?
もしくは、動物コスプレのデリバリーヘルスとか…?
もしくは、普通のデリバリーヘルスとか…、それで人間の女の子は全部出払っていなかったんで、獣姦マニア用の羊がやってきた、とか?
どうでもいいことだけれど、僕は、今までの人生でデリバリーヘルスを頼んだことはない。頼んだことはないけれど、テレビやラジオ、雑誌で、だいたいのシステムは理解できているつもりだし、ある程度の知識も持ってはいる。
「チェンジ」
ためしに、僕は、羊にむかって、言ってみた。
つづく…羊と僕と王国の譚(3)