昔々、僕は羊飼いになりたいと思った。
そう、おそらくは、誰にだって人生の中で一度くらいは羊飼いになりたいと思ったことがあるように。
もしくは、誰もが一度は詩人になりたいと思ったことがあるように。
ここで僕が言う羊飼いとは、放牧された羊の番をする人と定義される。
しかしながら、勿論のこと、僕には放牧された羊たちになんてほとんど興味がない。
それは、ジャン=フランソワ・ミレーの描いた『羊飼いの少女』が、羊そっちのけで編み物に夢中になっているように。
『アルプスの少女ハイジ』に出てくるペーターが、いつも羊番をさぼって木陰で昼寝をしているように。
僕には、はなから、羊の世話をするつもりも面倒を見てやるつもりもないのだ。
ましてや、羊たちをコントロールしたり、支配しようという気持ちもない。
「数えることは、支配することだ」
確かに、そうだ。支配するものは、いつも支配されるものの数をかぞえる。
しかし、僕は、放牧された羊の数が元々何頭なのかを知らない。
けれど、僕は、羊飼いになりたい。
誰もが、憧れるように。
もしもこの夢が叶ったら、今度こそ『羊飼い』についてじっくりと真剣に飽きるまで考えよう。
だから、僕は、羊飼いになりたい。