深き海より蒼き樹々のつぶやき

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重症急性膵炎(3) - 僕の病気

心臓

 ナースステーションのすぐ裏にある、名ばかりの集中治療室で、僕はまた聞きなれない言葉を聞かされた。
 それが、『多臓器不全』という言葉だ。

【多臓器不全】

 『多臓器不全』。もしくは、MOF:Multiple Organ Failure
 それは、ある意味、ずっと昔からある、人が死に至るまでに通る道筋ではあったのだ。しかしながら、それが敢えて取り沙汰されることはなかった。
 なぜなら、従来の医療においては、多臓器不全から死に至るまでの時間がごくわずかであったからだ。それは、多臓器不全をいかんともできない、医療の現状が長らくつづいたことを意味する。
 やがて、医療は順調に発展し、特に救急医療が発達するにともなって、集中治療中の患者の死因として、『多臓器不全』は、注目されるようになった。

 厳密に言うと、心,肺,肝,腎,中枢神経系,凝固系,消化管の臓器系のうち,2つ以上の臓器,系が同時にあるいは短期間のうちに連続して機能不全に陥った場合を、『多臓器不全』と言うらしい。
 人間の体とは、不思議なものだ。健康なときには、臓器のうちのひとつくらいが多少悪くなっても、他の臓器が助けてくれてなんとかなると思っている。確かに、そのとおりではあるのだけれど、別の見方をするとそれはこうも解釈されるのだ。
 ひとつの臓器が悪くなると、その機能を補完しようとして、連鎖的にすべての器官に負担がかかっていく。

 僕らのように、膵臓が壊滅的にダメージを受けた場合、まずは、腎臓がそれをバックアップしカバーしようとする。しかしながら、膵臓のダメージは大きすぎて、腎臓だけのバックアップだけでは、カバーしきれない。
 腎臓のオーバーワークを補うため、今度は、肺への負担がかかり出す。膵臓の壊滅的ダメージを、腎臓と肺でなんとかもちこたえることで、正常な状態を保とうとするのだけれど、それでも補完できない場合は、ついには、心臓にも負担を受け持ってもらわなくてはならなくなる。
 もしくは、膵臓・腎臓・肺のオーバーワークが、心臓にまで影響を及ぼしていく。
 勿論、心臓が負担に耐え抜けなければ、心臓が止まる。そう、それは、紛れもなく、死を意味する。

 

 病気になって初めて、体の仕組みというのを身をもって知ることになる。少なくとも、僕は、そうだった。
 体とは、こんなにも複雑なものだったのかと感動することもあれば、こんなにもあっけなく単純なものだったのかと、驚くこともあった。
 集中治療の間というのは、膵臓という一部の臓器のダメージを致命的なものにするまいと、体中の臓器や器官が必死になって、生命を維持しようとオーバーワークしている状態なのだ。膵臓が悪いんだから、それは、膵臓だけの問題として処理してくれというわけには、いかない。
 膵臓のフォローを腎臓が懸命にし、それでもダメなら肺に助けを求め、その連鎖が止まらなければ、やがてそれは、心臓にまで達する。
 膵臓の異常値は、腎臓や肺や心臓の値までも、基準値オーバーの異常値にしてしまう。もはや、問題は膵臓だけではないのだ。膵臓に端を発した病は、多くの臓器を巻き込んで、連鎖的に同時的に機能不全に陥れてしまう。

 それが、『多臓器不全』だ。

重症急性膵炎(4)–僕の病気