深き海より蒼き樹々のつぶやき

Sochan Blog---深海蒼樹

重症急性膵炎(1)-僕の病気

tenteki

 盲腸とか、脱腸とか、交通事故とか、骨折とか、出産とか、人生においては、なにかと入院しなきゃならない状況というのができてしまうものだけれど、幸運にも僕はそういう状況に遭遇したことがなくて、47年間、一日たりとも入院したことがなかった。

 だけど、僕は、11月のある日、突然に激しい痛みに襲われ、病院に出向くと、服を脱がされ、体のあちこちにいろんなものを突っ込まれ、毛を剃られ、あらたにカテーテルを突っ込まれ、おむつを穿かされた。ただし、おむつを汚すことはなかった。なぜなら、尿は尿道に差し込まれたチューブから排出されたし、体液はまた別のチューブで排出され、その後1ヶ月半の間、僕は食べるという活動を禁じられ、栄養は点滴からのみ体に送り込まれた。

 基本的には、僕には、意識があった。意識不明の重体とか、そういう状況ではなかったわけだ。だから、記憶があって当たり前なのだけれど、集中治療室で過ごした1週間においては、記憶が曖昧であったり、誤解や錯覚、幻覚における記憶間違いがあったりもする。
 退院したら、せっかくの体験なのだから、文字におこして残しておこうと思いながらも、『喉元過ぎれば、熱さ忘れる』のことわざのとおり、なんだか億劫で、延ばし延ばしのうちに、すでに3年近くが経過した。

 「急性膵炎です」
 確か、医師は、僕にそう告げた気がする。
 集中治療室のベッドの上で、僕はその聞き慣れない病名に、うまく反応できなかった。
 (すいえん?)
 医師は、僕がうまく理解できていないことを悟ったのか、
 「膵臓です」
と、言ったあと、
 「胃の裏側にある臓器です」
と、付け加えた。
 そう説明されても、僕としては、
 (膵臓? そんなものが、僕の体の中にあったのか?)
というのが、正直な感想だった。

 だって、考えてほしい。あなたは、自分の膵臓について考えたことが、今までの人生において一度でもあっただろうか?
 まず僕の頭に浮かんだのは、ここ何年か受診していた健康診断のことだ。毎年のように、いい結果ではなかった。肝機能検査(GOT,GPT,γ-GTP)や血中脂質検査(LDLコレステロールHDLコレステロール,総コレステロール)、胃部レントゲン、血糖検査など、特に肝機能や脂質異常を指摘されて、生活改善を求められていたのは事実だし、そう言われながらも生活というか、特に食生活を改善してこなかったのはまぎれもない事実だ。
 しかし、膵臓が悪いなんて話は、一度も聞いた記憶がない。
(なんでそんな急に、膵臓がやられたの? しかも、今まで膵臓が痛いなんて思ったこともないし、そもそも膵臓なんて臓器が自分の中にあることすら、まったく自覚したことがなかったのに)

 しかも、さらに、医師は、こう言ったのだ。
 「重症急性膵炎と、判断しました。かなりのダメージを、膵臓は受けていて、今も炎症はおさまっていません。膵細胞もかなりの割合、壊死しているものと考えられます」
と。
 断っておくけれど、いきなりこんなことを言われて、すんなりと医師の言わんとすることが理解できたわけではない。当たり前だけど。
 今こうして、ある程度きちんとした文字におこして書けるのは、その後の入院生活で更に医師から説明してもらったり、退院してから、ネットで色々と調べたり、人から話を聞いてみて、その時の状況や治療、医師の言ったこととつきあわせて、やっとそれなりに理解したからだ。

 「重症急性膵炎」
 とりあえず、これが、僕の病名だ。
 「急性膵炎」でもいいんじゃないの? と、思った方に、加えて説明させてもらうと、「急性膵炎」と「重症急性膵炎」の大きな違いは、「重症急性膵炎」が、国の難病指定にあたること。
 「重症」かどうかを判定するには、ポイント制の判定基準が定められている。「重症」の中にも、かなりの重症から、ギリギリ重症まであるんだろうけど。
 そして、この二つの間にある大きな違いは、壊死した細胞は現在の医療では再生不可能なので、原状回復を望めないということだと、僕は解釈している。