深き海より蒼き樹々のつぶやき

Sochan Blog---深海蒼樹

キミは、カモノハシを見たか?(7)

オペラハウス さて、ついに話は佳境にさしかかっている。ほんとうに長い道のりだった。このタイトルに惹かれて、『カモノハシ』についてリサーチしたかった人たちには、ほんとうに申し訳なかったと思っている。しかし、今回は、まぎれもなく、『カモノハシ』の話だから、安心して読んでほしい。


 僕らは、無事にシドニーに到着した。ちょうど僕らがシドニーに到着した頃、街は、2000年のシドニーオリンピック開催が決まった記念パレードで、ごったがえしていたらしい。らしい、というのは、僕らを案内してくれたガイドさんが、パレードで大変な状態だから、交通規制が解除されるまで、街には入れないと説明してくれたからだ。
 パレードがひと段落してからホテルに案内され、そのあと、繰り出した街のあちこちに紙吹雪の残骸を見つけることで、僕らはそのパレードがほんとうだったことを知った。そして、その歓喜の余韻は、街をいく人々の嬉しそうな顔や仕草から、読み取ることができた。

 ちなみに、シドニーで宿泊したホテルは、オペラハウスがよく見えることで有名なホテルだったけれど、僕らの部屋からはその一部すら見ることができなかった。窓から見えたのは、大きな橋の裏側だった。いわゆる、裏部屋みたいなものなんだろうな。
 サーファーズパラダイスで泊まったホテルも、庭園プールが有名なホテルだったけれど、僕らの部屋からそのプールが見えることはなかった。かわりに、ハーバーと、その前に横たわる道路がよく見えた。
 まぁ、そういうものなんだろう。詳しくは、よくわからないけれど。

 さて、そんなことよりも、カモノハシを見るには、どこへ行けばいいのか?
 僕が、事前に調べたところによると、タロンガ動物園という動物園で、カモノハシが見られるらしい。そうなのか、野生のカモノハシを探しに行かなければ見られないのかと思っていたら、動物園で簡単・確実に見られるなんてと、僕はもうカモノハシを見たも同然だという気分になっていた。あとは、そのタロンガ動物園とやらに、無事に行きさえすればいい。

 タロンガ動物園に行くには、フェリーに乗るのが、一番手っ取り早いらしい。しかし、外国に来て、自力でフェリーに乗るというのは、なんだかちょっと恐ろしくないだろうか? たったの10分あまりの乗船だとしても。だって、もしも間違った船に乗ったら、そのままとんでもないところまで連れて行かれそうな、そんな不安が頭をよぎる。
 あれ?10分経ったのに、全然着きそうにないぞ。
 おそるおそる、僕は、船員らしき毛むくじゃらの男に尋ねてみる。
 「この船って、タロンガ動物園行きで間違いないよね?」
 船員は、のっぺり顔の東洋人の口から出た、抑揚のない英語を、職業的親切さで咀嚼したうえで理解した。今から、自分が口にする答えを、この東洋人が求めていないことは明らかだったが、嘘を言うわけにはいかない。
 「おいおい、何を言ってるんだ、ボーイ。この船は、南極行きの船だぜ。そんな薄着で大丈夫なのか?」
 なんてことが、絶対にないとは、言えない。このブログでもたびたび告白しているように、僕は、方向音痴なのだ。しかも、それが陸上であるなら、途中下車して反対方向に戻ることもできるかもしれないが、海上では途中下車というわけにもいかない。

 ホテルから歩いて、僕らは、サーキュラー・キーというフェリー乗り場に向かった。
 サーキュラー・キー。当時、そのフェリー乗り場を実際に目にするまで、その名前をカタカナで見ているだけでは、全然ピンとこなかったのだ。勝手な僕の感覚なんだけれど、そのカタカナの字面からは、『海』だとか、『船』だとか、そういうイメージがまったく喚起されない。
 英語で書くと、こうなる。Circular Quay 直訳すると、円形の岸壁。そう訳したところで、やっと、僕の頭の中のなにかとなにかが、うまくつながった気がする。
 実際に、サーキュラー・キーに行ってみるとよくわかるのだけれど、そこは、フェリーのターミナルといった感じの場所だった。そう、駅前や駅裏にある、バスターミナルの、フェリー版みたいな感じだ。フェリーというのも、車も一緒に積めるような大型フェリーというわけではなくて、ボートと呼ぶか、水上バスと呼んだほうが、イメージとしてはピッタリくるかもしれない。
 しかし、駅前のバスターミナルが、初めてそこを訪れた者にはとってもわかりずらいように、フェリーターミナルというのも、どの乗り場からどのフェリーに乗ればいいのか、数が多すぎてわかりずらい。冗談抜きで、とんでもないフェリーに乗って、とんでもない場所へ連れていかれそうな気がする。

 チケット売り場で、僕は、タロンガ動物園という行き先を何度も何度も確認する。Tarongaという単語だけに惑わされてはいけない。Zooという文字だけを頼りにしてもいけない。僕らが目指すのは、Taronga Zooであり、カモノハシなのだから。
 チケット売り場の女性は、僕からオーストラリアドルを受け取り、簡単なペラペラのチケットを差し出しながら、フェリーが出る場所を指差してくれた。
 僕は、予習していた場所を、口に出して確認する。
 "Wharf 2?"
 そう、そのフェリーは、僕の予習が間違っていなければ、第2埠頭から30分おきに出航するはずだった。
 "Yes!"
 もっとたくさんのフレーズを使って彼女は説明してくれたけれど、僕にわかったのは、最初の力強いイエスだけだった。
 でも、ここは、勇気をふりしぼって、もう一つ確認しておこう。
 "Well, can I watch Platypus there?"
 "What?"
 "Platypus! I will go there to watch Platypus."
 "Platypus? Do you want to see it?"
 "Yes, I came here, because I want to see Platypus"
 "Mmmmmmmm,oh, hurry up, the departure time will come soon."
 いや、だから、カモノハシは、見れるのかって、聞いてるんだけど…
 "Have you ever seen Platypus?"
 "Ah?"
 いやいや、あー?じゃなくて、オーストラリアに住んでて、シドニーで働いてて、ひょっとして、カモノハシ、見たことないとか?

 足早に第2埠頭に移動した僕らは、チケットを渡して小さなフェリーに乗り込んだ。
 僕らのほかには、金髪にソバカス顔のダニエルという少年を連れた家族がひと組。ちなみに、ダニエルというのは、僕と妻が便宜上その場でつけた名前にすぎない。しかし、それにしても、カモノハシが見れるタロンガ動物園行きのフェリーにしては、乗客が少なすぎはしないか?僕は、またしても、得も言われぬ不安に襲われる。
 ダニエル、もちろん、キミだってカモノハシが見たくて、このフェリーに乗ったんだよな?
 シャイなダニエルは、東洋人に二人がかりでじっと見つめられて、ただただ視線を海にそらすばかりだった。

   (つづく…)キミは、カモノハシを見たか?(8)