なにがどうなっているのか、自分でも解せないではいるのだけれど、体調的にはかなりイマイチであったりする。
コタツでうたた寝をする僕の傍らで、娘が義母にヒソヒソと、
「近頃のお父さんって、倒れる前のお父さんとそっくりになってきたよね。そのうち、また倒れて入院せなアカンのやろか?」
と、言っているのが聞こえてきて、眼が覚めてトイレに行きたいのに、狸寝入りをつづけるしかない状況があったりもした。
そんな日々を送るうちに、ふと、
「そろそろギブアップするべきかな?」
と思いはじめてもいる。
皮肉にも、それは、僕が常々、僕に健康相談してくる人たちに言いつづけてきたことでもあった。
4年半前に2ヶ月の入院と1ヶ月の自宅療養を経て出社して以来、人々は僕に何を思うのか、いろんな相談やら質問が集まってくるようになった。
- 「医者に行った方がいいだろうか?」
- 「総合病院の場合、どこの科へ行けば診てもらえるんだろう?」
- 「どこまでは、我慢していいと思う?」
僕の答えは、
「不安なら、一度、病院で診てもらった方がいい」
という単純なものだ。
僕のところに来る人たちは、おそらく、「大丈夫です」と言ってほしいのかもしれないけれど、そんなことは、安易には言えない。
ましてや、あんな大きな病気になる前に病院に行っていれば、胆石程度ですんでいたかもしれない僕が、そんなことを言えるはずもない。
しかし、
「病院に行って、一度診てもらったら」
と言っても、人はなかなか重い腰をあげられなかったりする。
それは、僕だって、そうだったし、そうだ。
「痛くなったら、すぐに来い」
と主治医に言われながらも、どこまでの痛みが、主治医の言う「痛くなったら」に該当するのかわからなくて、とりあえずは、我慢してきた。
相談に来る人のなかには、いつまでも体調が戻らない人もいる。
「体調が戻るまで、休んだら」
と、僕は言うのだけれど、
「そんなわけにはいかない」
と、言葉を濁して延ばし延ばしのまま、体調不良のまま日々が過ぎていくばかりだったりする。
そんな時に、僕が言うのは、
「自分の体は、自分で守るしかないよ」
ということだ。
仕事を休んで誰かに迷惑をかけようが、生活費が稼げなくなって暮らしが立ちいかなくなろうが、そんなことをあれこれ考えているうちにも、病状は進行して行くし、そんなことを理由に働きつづけても、誰も我慢して働いてくれてありがとうなんて感謝をされることもない。
「あの人、突然死んでびっくりしたね」
「前から体調悪かったらしいよ」
なんて言ってもらえたらいいほうで、
「あんなに毎日元気そうだったのに」
なんて、体調の不調さえなかったものにされかねない。
自分のことは、自分で守るしかない。
そのことを、入院前の時期を含んだここ5年くらいの間に、つくづく僕は思ったのだ。
しかしながら、それがまた難しいことも、よくわかる。
たとえば、ギブアップと言えば、プロレスだ。(ここでいうギブアップには、相手の体の一部またはマットを叩くことにより敗北意志の提示をするというタップアウト<Wikipediaより>をも含んでいる)
プロレスには、スリーカウントのフォール以外に、ギブアップで勝敗がつくルールがある。
古くは、デストロイヤーの四の字固めがきまって、ギブアップ。
長州力のサソリ固めで、ギブアップ。
古舘伊知郎氏命名の、腕ひしぎ逆十字がきまって、ギブアップ。
などなど、関節技や絞め技は、ギブアップを狙ってかけられる技なのだ。
そして、どう考えても、それ(ギブアップ)は、厳密な『痛さに』比例しているわけではないということが、問題なのだ。
同じ技をかけられて、同じ痛さであったと仮定しても、誰もが同じくギブアップするとは限らない。
技がきまった瞬間、痛さが加えられる前に、早々とギブアップを宣言する外国人選手もいたし、どんなことがあっても自らギブアップだけはしないと言って、骨が折れるまで我慢してレフェリーストップがかかった選手もいた。
単純に、僕は早々とギブアップする選手を軽蔑し、骨が折れるまでギブアップしない選手を、我慢強くてかっこいいと思った。
痛いのは僕ではないわけだし、その選手が骨折してしばらく試合に出られなくなったからと言って、僕の生活が貧窮するわけでもない。
そして、乱暴に言うなら、骨が折れるくらいなら、折れた骨がまた繋がればいいだけの話だ。
しかし、ギブアップを間違えると、文字通り命取りになる場合もある。
ギブアップを我慢して、骨折する選手はなんだかかっこいい。
では、ギブアップをを我慢して、命を落とす選手はどうだろう?
同じように『かっこいい』とだけ、僕は感じるのだろうか?
ギブアップをするかしないか、試合に勝つか負けるかは、プロレスの試合という世界だけの話だ。
しかし、そこで受けた怪我や、落とした命が、プロレス以外の世界ではなかったものとしてくれるなんてことはないし、人々が興味をもって見ているのはリングの上だけだったりもする。
さて、ギブアップのタイミングだ。
もう少し我慢すれば、ロープに足が届いてロープブレイクを獲得できるかもしれない。
レフェリーが、見るに見かねてストップをかけてくれるかもしれない。
しかし、どちらにしても、それは『かもしれない』という話だ。
ギブアップするのは、自分しかない。