先日、娘と夕飯を食べながらテレビニュースを見ていたら、どこかのお寺の境内のようなところに咲く、黄色い花が紹介されていた。
なんだかその花を、僕は梅だと思ったのだ。枝ぶりと言い、その花の形といい、少し早いとは思いながらも、早咲きの梅なら今頃咲いてもおかしくないような気がした。
ナレーションはうまく聞こえなかったのだけれど、「ロウバイ」という文字が流れた。どうやら、それが花の名前らしい。
僕は、我が意を得たりとばかりに、娘に言った。
『やっぱり、梅の花みたいだね。おそらく、ロウバイとは、老いた梅、「老梅」とでも書くんだろう』
しかしながら、カメラが軽くパーンして、木の幹に取り付けられた札にピントが合うと、「蝋梅」と黒々とした文字が書かれているのがわかった。
娘が、ニヤリと笑いながら、僕の方を横目で見た。
僕は、照れ隠しに、咳払いをひとつした。
「ロウバイ」は、漢字では「蝋梅」と書くということを、僕は学んだ。
漢字表記を学んだついでに、こっそりと調べてもみた。
花弁の色が、蝋のような色だから、蝋梅というらしいこと。
花弁が、蝋色? 蝋色って、どんな色だろう?
ということで、更に調べると、その色は、カラーコードで言うと、#2b2b2bであることがわかった。
ウェブページのデザイナーかコーダーでもなければ、カラーコードで言われても、多くの人は困ってしまうだろう。#2b2b2bを単純に言うと、黒だ。
そうか、花弁が黒色だから、蝋色なのか………納得、納得? いや、もう一度、写真を見てみよう。
花弁とは、別名、花びらのことだ。この花びらが、黒いか? どこから見ても、冒頭にも書いたように黄色いのでは、ないだろうか?
だいたい、今回のWikipediaだっておかしい。
蝋梅を、「黄色い花を付ける落葉広葉低木」と説明しておきながら、その名前の由来のところでは、「花弁が蝋のような色であり」って、おかしいよね。
確かにおかしいはずだけれど、僕にはそれ以上なにも言うことはない。
ただ、蝋色というのが、黒であり、カラーコードで言うと、#2b2b2bであることを知ったというだけのことだ。
ついでに言うと、Wikipediaによる、蝋梅の名前の由来のもうひとつは、臘月(旧暦の12月)に花が咲くことによるらしい。
であったとしても、なんだかモヤモヤ感が拭い切れないのは、僕だけだろうか?
蝋梅は元々が中国原産の植物であるのだが、中国名においても、花の名前は、蝋梅と書かれていたらしい。
そして、僕はついに、もっとしっくりとくる由来を発見した。
「蝋細工のような、梅に似た花」だから、蝋梅という名前がついたという説明だ。
とりあえずは、こっちにしておくかな。
僕には、どっちがどうとか言えるほどの、ほかの知識もないのだから。
それはそうと、蝋梅は、梅という文字をもちながらも、梅ではないということについてだった。
Wikipediaにばかり文句をつけるわけではないけれど、蝋梅の『蝋』の説明ばかりで、『梅』の説明はないのだ。梅ではないという説明はあるけれど。
だとしたら、「梅に似た花」だから、「梅」という文字をつけたと考えるほうが、なおさらしっくりとくる気がする。
テレビニュースを見て、「梅の花だ」と思った僕自身も、あながち間違いではなかったということになる。
そして、梅ではないものに、梅の文字を冠することや、◯◯ではないのに、◯◯の文字を冠することはよくあることでもある。
とっさに思いついたのは、河豚は決して豚の一種ではないし、海豚だって決して豚の一種ではないということだ。
河豚は、「ふぐ」だ。そして、海の豚は、「イルカ」だ。
イルカを見て、「上手に泳ぐ豚だなぁ」と思う人は、おそらくいない。
ふぐとイルカには共通点があるにしても、ふぐと豚、イルカと豚は、根本的なものが決定的に違うはずだ。
なんとなく小太りということ以外は。
ほんとうに、名前というものは、厄介だ。
梅でないものに梅とつけ、豚でもないものに豚とつける。
もしくは、最近知った、こんな話も思い出した。
竹内栖鳳という日本画家の代表作に、『班猫』という作品がある。
まだら模様の猫が、首だけをこちらに向けて振り返っているという作品だ。
そう、まだら模様の猫だから、班猫なのだ。
ん? しかし、なにかが微妙にひっかかる。
現在、まだらを示す漢字として一番しっくりくるのは、「斑」という文字のはずである。
だから、『斑猫』と書くのが、正しい気がする。
けれど、栖鳳の箱書きに、『班猫』と書かれていたということで、この作品は敢えて『斑猫』と改められることなく、『班猫』として扱いつづけられているということだった。
まことにもって、厄介きわまりない。