先日読んだ記事によると、2012年のWikipediaの日本語版で最も読まれた記事が、『AV女優一覧』だったらしい。
Wikipedia日本語版で2012年に最も読まれた記事は「AV女優一覧」、英語版は「Facebook」
AVとは、いわゆる、Adult Video の、略のはずで、そうなのか、そんなものが1位になるくらい、まだまだAVというものの需要は高いのかと、少し驚いた。
正直に言って、今のAV業界の女優さんの名前を挙げろって言われても、ひとりも思いつかないくらい、そういうものから遠ざかっているわけで、そういう僕自身の疎遠な距離感もあって、『AV女優一覧』が2位の『AKB一覧』に大差をつけて1位だったってことが、不思議にも思えたわけです。
思い出すと、AVってやつが出てきたのは、僕が大学生の頃だった。勿論、それが世に広まるためには、家庭にビデオデッキが普及するという条件が必須だったわけで、確かVHS対ベータのビデオ規格戦争があったりもしたのだった。僕は、ソニー贔屓とかそういうことは別にして、(だって、Walkmanの衝撃をモロに受けた世代だし、ついつい、ソニーに肩入れしようとするのは仕方ないよね)、大きいよりは小さい方がいいんじゃないの?と、いたって単純に思っていたにもかかわらず、VHSの勝利に終わったわけです。
で、大阪のちょっと田舎の茨木市ってところにも、レンタルビデオ屋さんができるわけです。
大通りとかではなくて、ちょっとだけ入り組んだような、どちらかと言えば細い道を入っていくようなところに、ぽつりと、ね。『あっ、こんなところにあったのか』みたいな感じで。あの頃は、その店がレンタルビデオ屋だとわかってないと、わからないみたいなくらい、ひっそりと地味な感じで。
でも、決して、ジメジメしてたり、暗くはなくて、『犯罪』とか『違法』な怪しさはなかった。
ついでに思い出したけれど、僕らの世代は、その…、なんて言うか、どうしても我慢できなくなった夜とかに、自動販売機に買いに行くんだよね。いわゆる、エロ本を。若さが溜まり過ぎて、寝苦しいくらいの夜、発散するためにふとベッドの奥の奥からこっそり取り出した本が、あまりにおなじみさんになり過ぎてて、どうもうまくいきそうにないときとか、そろそろ新しい刺激を入手するべきかとか悩むわけ。
だいたい、時間は、2時頃になってしまう。だって、1時台だと、なにかの都合でまだ起きてる人とかいそうだし。たとえば、夜中にタバコを切らしたおじさんとかさ。まぁ、ひとえにそれは、僕が利用していたエロ本自販機が、タバコ屋さんの店先に置かれたものだったせいだけど。
そうだ、これは僕が高校生だった頃の話だ。
夜中の2時頃、まずは、両親とか妹に気づかれないように、家を脱出するのが最初の関門で、しかも歩いていける距離ではなかったから、自転車も音をたてずにうまく引っぱりださなきゃならなかった。決して、ポケットに多めに用意した百円玉を、チャリチャリと鳴らしてはならない。
もう、この段階でもその頃の僕は、心臓がバクバクいってた。
首尾よく、自転車をこいで脱出に成功したら、一度、そのタバコ屋の前を通り過ぎてみる。別に、自販機荒らしとか犯罪を犯そうというわけではないし、そんなにびくつく必要もないのだけれど、高校生の僕にとって、「エロ本を買う」というのは明らかに悪いことだと、認識していた。なんせ、『週刊プレイボーイ』すら書店で買う度胸のなかったチキンな僕だ。対面販売の本屋なんかで、エロ本を買えるはずもない。
タバコ屋の前の通りに、人影がまったくないことを確認する。100メートル先に、ぼんやりとした人影だかなんだかわからないものが見える。ほんとうに人だったら、どうしよう? 自販機でエロ本を買っている姿は、誰にも見られたくない。それが、酔っぱらいのおっさんであってもだ。10代のチキンハートは、それに耐えられない。
というわけで、自転車でその人影だかなんだかわからないものの正体を確かめに、僕は自転車のペダルを無駄に漕ぐ。
『幽霊の正体見たり、枯れ尾花』
の、たとえを出すまでもなく、その人影は、郵便ポストだったり、たまたま闇の中では人影のように見えたなんでもないものだったりする。
しかし、そんなことを繰り返していては、夜が明けてしまう。もしくは、新聞配達や牛乳配達の人が、夜明けよりも早く活動を始めてしまう。
僕は、ひとつ、大きな深呼吸をして、意を決する。そして、もう一度、自販機前での動作を、シュミレーションしてみる。
自転車を自販機前に乗りつけると、ポケットに用意した小銭を硬貨投下口にすばやく投入。
お目当ての本のボタンを押す。
取り出し口に落ちてくるブツが真夜中の通りに大音響を響かせないように、ブツが取り出し口の鉄板にあたる前に手で受け止める。
そして、ブツを自転車の前カゴに放り込んだら、あとは一目散に現場を離れる。
もう一度、僕は、通りの左右を確認する。そして、息を整えると、ペダルを踏んで、自販機にむかって漕ぎ出した。
シュミレーション通り、ポケットの硬貨をすばやく投入。思った以上に、硬貨が自販機に落ちて行く音が大きいような気がして、硬貨を入れる指先が心なしか震える。
頑張れ、おれ。
そして、3番のボタンを押す前に、確認のため、自販機の中に並んだブツの表紙を見た。
3番を押しかけてた、僕の震える指先が、止まった。
ん? あれ?
3番にばかり気をとられていてニューフェースに気づいてなかったらしく、8番に、僕好みのポーズで、誘うようなねっとりとした眼差しを投げかけてくる、僕好みのお姉さんが入っているではないか。
僕は、まわりを見渡して、人影が近づいてこないことを確認し、自分の冷静さというか、成長にしばし目を細める。
そして、8番のボタンを、余裕の笑みを浮かべて、押す。そして、すかさず、取り出し口に手を入れて、受け身。
むむ? なんで? ブツが、出てこない。
受け身をとっていた手を出して、もう一度、8番を、強めに押す。
そして、また、すばやく受け身。
ぬぬぬ…、なんだなんだ? どうして、出てこない?
額のあたりに、うっすらと冷や汗が浮かぶ。
もう一度、今度は、ゆっくりともっと強く8番を押す。
そして、すばやく受け身。
あれれ? 壊れてるのか?
と思って、よくそのブツを見たら、それは3番よりも百円高かった。
そんなのありかぁ?
と、ちょっと悔しい思いをしながらも、今夜の僕にはまだ余裕がある。
この前、親父の手伝いをした駄賃があって、どうしても甲乙つけがたいブツがあった場合に備えて、胸ポケットにもう五百円用意してあったのだ。
僕は、硬貨投入口に五百円玉を入れ、さっきよりも大人びた顔で、8番のボタンを押す。
「お姉さん、待たして悪かったね」
と、心の中で、囁きながら。
そして、かなり訓練されて、馴染んできた、受け身の姿勢にすばやく入った。
ん? 今度は、なんだ?
チャリン! チャリン!
ブツよりも先に、お釣りの小銭が、釣り銭口に、微妙な音をたてて落ちてくる。
でも、すぐに終わるはずだ。それよりも、ブツの出てくる音の方が大きいはずで、今ここで、この受け身の姿勢をほどくわけにはいかない。
チャリン! チャリン!…
え? そんなにお釣りをくれるのか?
と、お釣りの額を計算しながら、訝しく思いはじめた頃、自販機の釣り銭カウンターが十円単位で減っていっていることに気づいた。
まじか? まだ、あと、十枚以上釣り銭が落ちてくるのか?
チャリン! チャリン!
とりあえず、受け身の姿勢をほどいた僕は、釣り銭口に溜まった十円玉をポケットに入れた。
そして、カウンターの数字がゼロになった瞬間、釣り銭口に入れた手を抜いて、取り出し口ですばやく受け身。
我ながら、無駄のない俊敏な動きに感動すら覚えた。
ブツが、自販機の内部で放たれる、わずかな動作音を耳にしながら、ブツがこの手に触れるのを待った。
ゴットーン!!!!!!!
ブツが思いっきり取り出し口の鉄板に当たって、大きな音をたてた。それは、昼間に聞けば大した音ではないのかもしれないが、真夜中の寝静まった通りでは、近所の犬がその音に反応して、軽くジャブのように「わん」と吠えてみるには、十分なほどの音だった。
完全な受け身をしていたのに、なんでその手をすり抜けてブツが落ちていったんだ? 腑に落ちない気持ちでいっぱいだったが、今は、そんな分析をしている余裕はない。
僕は、取り出し口からブツを大急ぎで取り出し、自転車の前カゴに入れると、勢いよく自転車を漕ぎ出そうとしたが、お釣りを全部取り出していなかったことを思い出して、一瞬引き返そうかと迷った。その迷いが、僕に急ハンドルを切らせ、ハンドルが直角に折れ曲がったような状態になってしまい、前にも進めずUターンもできず、ペダルは強く漕がれるもののどちらに進んでいいのかわからず、バランスを崩した自転車がぶざまに倒れた。
ガッシャーン!
取り出し口にブツが当たった音の千倍くらい大きな音が、真夜中の空気までも震わせた。
自転車に巻き込まれて路面に叩き付けられるとこころを、無理に踏ん張らずに、自転車を離してしまったせいで、自転車のベルがなにかの都合で見事に、
チーン!
と鳴って、追い討ちをかけ、倒れた自転車の前輪が空しく空回りする音が、カラカラと、更に響き渡った。
そうか、3番から8番に商品を変更したから、出てくるところが違ってたのかもしれない。そう言えば、僕の好みのブツはいつも1番から3番までの商品で、8番なんて大きな番号のブツを買ったのは今回が初めてだった。
なんて、今さらあまり意味があるとも思えない分析が頭の中を駆け回っていたものの、その不審な大きな音に犬たちが本気で哭きはじめ、それは池に石を投げたときの波紋のように、どんどんと犬の数を増やして大きくなってきていた。
ついには、なにごとかと、タバコ屋の真っ暗だった家の中に、ぽつりと明かりが灯った。
その瞬間、もはや僕は犯罪者もしくは逃亡者の心境にまで追いつめられ、とにかく逃げなければいけないという気持ちだけで自転車を起こし、倒れた勢いで変に右に曲がったままのハンドルで右へ右へとよたつきながら、その場を立ち去った。
そんなことを思い出したついでに思いだしたんだけれど、村上龍の『テニス・ボーイの憂鬱』っていう小説に、30歳を過ぎた主人公が、奥さんにエッチを拒まれてベンツに乗って自販機にエロ本を買いに行く場面がある。
僕は、その場面が好きだ。
うん、理屈抜きで、その小説の中で一番好きなシーンで、その場面だけを覚えている。