明けましておめでとうございます。
無事に2012年を越して、新たなる年を迎えることができました。
やはり、この大晦日と元旦が、一年の区切りをもっとも実感する区切りであるのは、幾つになっても変わらないわけですが、あの2ヶ月の年末年始をまたぐ入院生活以来、さらに感慨深いものになっています。
人生初の入院で、年末年始を病院で過ごすなんて経験も滅多にあるものではないし、なんて、気楽に思っていた僕でしたが、予想以上に院内の様子は味気なく、新年の賑わいからはあまりにも遠く離れていた。
それでも、現実に、昨日今日を病院で過ごし、病院で新年を迎えた方々がいるわけで、早くに回復され、退院できることを素直に祈るばかりです。それと共に、人それぞれ、いろんなケースはあるだろうけれど、生きて新年を迎えられたことに、『おめでとうございます』と言いたいのです。
この新年の区切りと、自分の誕生日には、『また1年、生きられたんだ』って、しみじみ思うようになった。そして、1年というのが、継続する時間の積み重ねであることを、実感する。
生きるということは、連続していなければ成り立たない。
自転車にたとえると、こういうことです。
順調に、ペダルを踏み、前に進んでいるのが通常の、何の問題もなく生きている状態。しかし、時に疲れて、ペダルを踏む足が止まったり、脇見や油断でバランスを崩してふらついたりすることがあるかもしれない。それでも、地面に足がつかなければいい。前に進めてなくても、足さえつかなければいいのです。しかし、ついてしまえば、そこで、おしまい。もう体勢を整えて、再び漕ぎ出すことはできない。つまり、それが、『死』なのです。
一度、足をついたら、もう二度とは戻ってこれない。それが、『死』というものの、厳格で非情ななルールなのです。
『今、一瞬足をついたのは、なしで頼む』と言っても、聞き入れてはくれない。それどころが、足をついたその瞬間、あなたはそんな抗議や懇願の言葉すら吐けなくなっているのです。
それが、『死』です。
新年早々、陰鬱なことを書いてる気もしますが、だからこそ改めて言いたいのです。
明けまして、おめでとうございます。
僕もあなたも、1年を生きてきたのです。そして、また新らしい年を迎えたのです。
ほんとうに、おめでとうございます。
そして、今年も、よろしくお願いしますm(_ _)m